競泳女子の池江璃花子がツイッターで白血病を告白

https://www.nikkansports.com/sports/news/201902120000355.html
この若さで、この時期に…。言葉になりません。
だからと言って私に出来ることなど殆ど無いのですが、せめてもの貢献として、以前に経験した骨髄バンクドナーの体験記を可能な範囲でここに書いていこうと思います。あまり大した内容にはならないでしょうし、いつ書き終わるかも分かりませんが、検索して来た人の助けになれば幸いです。

ドナー体験談

ドナー登録

コミケ献血ポスターの企画が始まってから献血の頻度も増え、少し暇があれば献血ルームに行くようになっていたある日、ルームの入口付近に見慣れぬブースを発見。これが初めてのきっかけでした。成り行きで説明を受けることになり、提供には献血より厳しい健康基準が求められること、採取の際の入院に加えて度々の通院が必要になることなどを聞きました。
説明を一通り聞いた後、正直社会人にはハードルが高いなあと思いつつも純粋な好奇心のほうが勝ってしまい、休暇取得も当面は何とかなるだろうという甘い見込みのもとその場で申込みを行うことに。↓のドナーカードを受け取って財布に入れておきましたが、その後しばらくは連絡が来ることもなく、たまに郵送されてくる骨髄バンクニュースで登録していたことを思い出す、といった具合で数年が経ちました。

ドナー適合通知

そして普段どおり仕事をしていたある日、突然スマホに見慣れない番号からの着信。番号で検索したところ不審な番号では無さそうだったので出てみると、骨髄バンクのコーディネータの方で、HLA型の一致する患者さんがおりドナー候補者の1人に選ばれたとのこと。まさに寝耳に水の話で、その場では明確な回答も出来ませんでしたが、とりあえず詳細の封筒を郵送するとのことで、それを待つことにしました。
そして数日後に帰宅すると封筒が届いており、開けてみるとハンドブックと返信用紙が入っていました。まずはハンドブックをざっと読み、提供には家族の理解と同意が必要であることを把握。両親に打ち明けると、長年の経験から反対はされないだろうという読みどおりあっさり認めてくれ、職場に対してもそれとなく可能性を示唆した上で、同意する旨の返信用紙を書くことに。提供意思確認書・問診票・希望施設に記入し、返送を行いました。

初回面談

返送から1週間ほど経った頃に初回面談の書類が到着。内容は面談の日時および内容、担当医師の名前、持参する物リストなどで、特に本人確認書類は絶対必要(無いとコーディネートが進められない場合がある)とのことでした。
必要な物を準備し、ハンドブックも一通り読んだ上で当日を迎え、病院の入口でコーディネータと初対面。まずは病院のカードを作成してから面談室に向かい、担当医師と対面して面談の開始。自己紹介の後、ハンドブックの内容に沿って説明を受けました。その中で提供のリスクに関する説明もあったものの、死亡例は血縁間の1例のみで、提供時よりも病院に向かう途中での交通事故の方がずっと確率が高いという印象。提供の気持ちが揺らぐことはなく、説明を終えた後は血液検査。普段の献血ですっかり慣れたもので何ともなく終了し、交通費を実費で受け取ってこの日は解散。午前中で終わったため、半休として午後は出社しました。

ドナー正式決定・最終同意面談

さらに1週間が過ぎた頃に連絡があり、正式にドナーに選定されたとの知らせ。合わせて最終同意面談の予定について伝えられ、家族1人の同席が必須とのことで、父に仕事を休んで来てもらうことにしました。続いては職場の休暇申請、もし認められなければ仕事を辞める覚悟で伝えたところ、あっさり受理され一安心。
そして最終同意面談の場へ。初回面談のときと同じような説明が父も交えて行われた後、いよいよ決断を行うことに。書類数点に面談の各出席者がサインを行ったことで後戻りは出来なくなり、今後の健康診断の予定について伝えられた後解散となりました。

健康診断

朝ごはんを抜いて病院へ。健康診断自体は尿検査・血液検査に加えて肺活量測定を行う程度でしたが、むしろこの日のメインは様々な同意書への署名。まずは全身麻酔を受けることへの同意、続いて自己血を予め採取しておき採取中に自己血輸血を受けることへの同意、さらに血液が検体保存事業に適切な管理のもと利用されることへの同意。それぞれ矢継早に説明を受けて署名を行っている間に健康診断の結果が出揃い、総ビリルビンの値が若干高いもののまあ問題は無いだろうということで無事通過。最後に自己血採血を2回に分けて行うことが伝えられ、1回目の日時を示されて解散となりました。

自己血採血

今回のドナーは大人の方とのことで、多量の骨髄を採取するため必要な自己血は800ml。400ml献血なら8週間空けなければならないところ、中1週間で2回採取する強行軍となったため、2週間にわたり増血剤を服用することに。事前に説明は受けていましたが、増血剤の影響で黒くなった便は中々のインパクトでした。採血自体は普段の献血で慣れていたため何事もなく終了。次回はついに入院しての骨髄採取ということで、病院のマニュアルを受け取りました。

入院当日

入院は骨髄採取の前日午後ということで、仕事を午前で切り上げ、一旦帰宅して着替え等を入れた荷物を持って病院へ。入院中のスケジュールについて説明を受けた後、支度金として受け取った5,000円でT字帯を購入して病室へ。病室は個室、高層階で眺めも良く至れり尽くせりでしたが、如何せん夕方というにもまだ早い時間帯で時間を持て余すばかり。フロア中の休憩スペースの本を読んだりしているうちにようやく夕食の時間。思いのほかしっかり分量のあった夕食をいただいた後、慣れない環境で睡魔が襲ってきたので早々と就寝しました。

採取当日

骨髄採取は午前中に行われるということで、起床して手術衣に着替えてスタンバイ。事前のアナウンス通りに病室に移動式ベッドがやってきてそのまま乗せられ、エレベータで採取室へ。手首に管を刺され、麻酔注入が始まり…というところで記憶が途切れ、気付いた時には採取完了。穿刺した箇所の痛みはありませんでしたが、それよりもカテーテルの痛みが厳しく、病室に戻っての排尿の際も歯を食いしばって行うことに。事前に説明を受けていた通りの発熱もあって午後は殆ど寝ているばかりでしたが、ようやく夕方には落ち着き、昨日とほぼ同じ量の夕食も完食。とは言え本を読むような気分では無く、昨日同様早々と就寝しました。

採取翌日

上で早々と就寝しました…と書いておきながら、実際はだるさと排尿時の痛みのためにベッドで蹲るだけで、ろくに寝られないまま翌朝を迎えることに。それでも昼頃にはだいぶ落ち着き、フロアを歩き回ったり本を読んだりできるほどに回復。夕方には明日の退院の準備を済ませ、昨日眠れなかった分を取り戻すために早々と就寝しました。

退院~その後

10時間睡眠の甲斐あって近年稀に見る爽やかな目覚め。体温も平熱に戻ったことで退院のGOサインもいただき、最後の朝食を済ませ、名残惜しくも病室に別れを告げてフロントへ向かい退院の手続き、そして退院。翌週から仕事に復帰し、2週間後の面談でも特に異常無しということで、最初の連絡から数か月に及んだドナーの役割も無事完了。2回目の提供でもお世話になることを祈って、最初から最後までお世話になり続けたコーディネーターに一時の別れを告げました。